<少彦名命の出自について>
狭井神社へ向かう途中にある磐座神社。
『古事記』では神産巣日神(カミムスビ)の子とされ、『日本書紀』では高皇産霊神(タカミムスビ)の子とされる。
一般的に知られている話しでは、カミムスビが出てきます。
カミムスビ・タカミムスビは役職名のようなものです。
<少彦名命と大国主の出会い>
少彦名命と言えば、一寸法師などの小人を連想します。
常世の国からやってきた極小サイズの神様。 ガガイモの殻の船に乗り、蛾の皮を着て大国主命の前に現れます。 大国主命は家来に何者か聞くが誰も答えられず。その時、傍にいた蟇蛙(ガマガエル)が「クエビコ(山田のかかしのこと)なら知っているでしょう」というので、かかしに聞くと、「神産巣日神の御子で少彦名神です」と答えた。 そこで大国主命が出雲の祖神である神産巣日神に伝えると、「これは私の掌の股からこぼれた子。これからは義兄弟となり 国を造り固めるがよい」と申し渡された。 |
<少彦名命の能力>
大国主命はこんなに小さくて何ができるんだろう・・・??と最初は甘く見ていたようですが、実はその能力が凄い。
医療技術、農業技術による生産、国土開発技術、温泉を利用した湯治など。
また、視認した物質を瞬時に縮小・復元できる能力を持っていました。
『播磨風土記』には大国主命と少彦名命の農耕に関わる事を記載されています。大国主命はとてもお米(おにぎり)が大好きなので農耕のお仕事もきっと大好きだったのでしょう。大国主命と少彦名命が自分達よりも人間達が寿命が短く早く死ぬことを哀れんで、少彦名命は温泉を初めて医療に取り入れたそうで、大国主命とともに、薬と温泉の使い方を人々に教えたと『伊豆国風土記逸文』に記載されています。
また、お酒の神様でもあるそうです。
医療に使うアルコール消毒や体を清めるもの、そして治療に麻酔的な働きとして取り入れたのだと思われます。
<常世国ヘ旅立つ>
大国主命と少彦名命の国造りが終わった後、少彦名命が蒔いた粟が実ったとき粟茎(アワガラ)にはじかれて常世国に渡った、という伝説があります。
その後、少彦名命はどうしたのでしょうか。
性格的にはいたずら好きでユーモアもあったと伝えられています。
真面目で研究熱心な大国主の心をほぐしつつ、人々との交流をより一層深める為にも、もっと残って欲しかったな~と個人的に思いますね。
<出雲国の真実>
ただ、残念なことに7代タカミムスビのヤソキネの子、タカキネの命で出雲の国は討伐されます。タカキネがそうしたかどうかは定かではありませんが、いずれにしても別の種族の私達が神と呼ぶ宇宙人によって出雲の国は乗っ取られてしまったのです。
出雲の子孫からの厳しい規則の元、代々伝えられた「口伝」によれば、一般的な神話では「国譲り」という平和的でやんわりした表現になっていますが、実際は壮絶な内容。
何故、出雲から尋常ではない数の武具が出土したのか、それは戦いがあったことを意味しているからです。
※全国で出土した銅剣の総数は約300本、荒神谷遺跡だけで銅剣358本が発見された。
実際、私も国立博物館にて展示会があった際様々な武器を見ましたが、その一部に呪術的なものが施されているように強く光るエネルギーを感じました。
素戔嗚尊が日本や日本人を活性化する計画も台無しになりました。
<日本人の秘密>
日本人の能力が引き出されると困る存在達がいます。
日本人がこれからの地球の未来を創るのに重要な種族であり、その記憶を持っていますがGHQの介入により「右に習え」で、はみ出さないような社会構造の教育を受けて来たため、周りを気にして好奇の目にさらされないよう自由度を自らさげてしまい、本当にやりたいことがわからなくなってしまった人が多いのです。
日本人はヨーロッパ人のように自分は自分、他人は他人、という意思表示が弱く、国から言われたら疑いもせず、その通りにする真面目さがあり、マスクも付け続けていたのは日本人くらいでした。(世界ではとっくに外していた、また、ワ◎クチンはおかしいと他国は政府に対して抗議をすると違い、日本人は言う通りに従っていた)
そうして本来の自分を見失い、骨抜きにされているのが現在の日本人なのです。
今現在は国津神と天津神は共に力を合わせて日本人を覚醒させようと働いています。
大国主命と少彦名命から始まった国造り。
私達はアセンションを決めてこの時代に生まれてきました。
「何か世の中がおかしい」と気付いている人は、おそらくその記憶(本来自分がやりたいこと・何をしに日本に生まれて来たのか)が蘇ってきています。
神社参拝されることで、本来の在り方と世の中のギャップが色濃くなっていくでしょう。
私達は神々とともに力を合わせて、新たな時代を築く時を迎えています。