難しく生きる人とシンプルに生きる人


シンプルに生きる人とは定義は無いですが、今日起きた事、感じたことを恥ずかしいことでも、悲しいことでも、辛いことでも、笑い飛ばせるくらいに話せる人、ネガティブに囚われない人だと私は思います。

分かり易い人物を挙げてみますと、2003年10月、ハワイ州カウアイ島沖でサーフィン中にサメに襲われ、左腕を根元から失った13歳のベサニー・ハミルトンです。
彼女が奇跡的に一命をとりとめ、インタビューで放った一言が衝撃的でした。

「退院したら早く海に行ってサーフィンしたい」と笑顔で答えたのです。

(なんて凄い子供だろう、彼女はプロになれる。)私はそう感嘆しました。
そして事故のわずか1か月後にサーフィンを再開。2005年にはNSSAでチャンピオンになり、その後、念願のプロ・サーファーに。
2011年、彼女をモデルにした映画「ソウル・サーファー」が全米で公開されました。

ベサニーはサメの事を「美しい魚」とも言っています。
一時は夢をあきらめかけた事もありましたが、片腕を失ってもサメを恨むわけでも、周りを妬むわけでもなく、ただ起きた現実を受け入れ、どうずれば以前のようにサーフィンが出来るようになるのかを模索し研究し、トライし続けたんですね。

執着心や後悔の念に嵌っている時間が勿体ないほど、サーフィンが好きでたまらなかかったのでしょう。言い換えれば、サーフィンをしている自分が一番自分らしくいられることを彼女は知っていたのです。

そして何が起きても『問題』にしない、「なんくるないさ~」という精神でした。
私達の身の回りに起きることは、実は大して『問題』ではなく、自分の意識がそう捉えてしまっている事がとても多いのです。

また、ひとりで出来ないことは周りの協力を得て乗り越えていけば良いという知恵も私達は元々持っています。
「自分にはそんな大きな夢はない」と思われる方、別に大きな夢が無くても、自分が喜ぶことをさせてあげればいいんです。

私達の宇宙意識というのはとても大きな意識で、自分を丸ごと包み、宇宙へとどんどん拡大していけます。「意識」が肉体と魂を丸ごと包みながら、自分という存在をプロデュースしているのです。

あなたの「意識」はちゃんとあなたの肉体と魂を包んであげていますか?
愛してあげていますか?
それができていないと、「意識」と「肉体」と「魂」がバラバラになって、難しい生き方を選択してしまいます。

あなたの「意識」は愛で出来ており、とても大きなものである事を忘れないでください。そしてどんな状況でも「なんくるないさ~」と突破できる自分を信頼しましょう。

<ベサニー・ハミルトンの言葉>
私はいつも感謝の気持ちでいっぱいで。
もしかしたらあの時死んでいたかもしれないし、ずたずたにされていたかもしてない。ケガがひどくて、二度とサーフィンができないことだってありえた。

私には、感謝したいことがたくさんある。神様を信じていることが、試練を克服できた大きな理由だと、心から思っている。

納得のいかないことが起こっても、天国にいる誰かが私に関する大きなプランを持っていて、上から見守っていてくれると思うと、楽になる。

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明暗を分けるもの

大きな災害や戦争やテロ等に遭遇してしまう人や事故や病で亡くなってしまう人とそうでない人、この違いは一体何なのでしょうか。その明暗を分けるものは・・・。

一般的に災害や事故や病気など、不幸な出来事として扱われるのが現世ですが、宇宙の法則では、その本人の魂が知らないところで勝手に計画外や契約外の事象に巻き込まれたり、病気になったり、という事はまず起きないのです。

以前からお伝えていますように、私達は自分とハイアーセルフの了解の元、転生する前にブループリント(就職、結婚、出世、子供の誕生、離別や死等)という人生の節目となるイベントを設計して来ています。

そして「死」についてですが、これもどのように死ぬかは決めて来ています。それは本人がどういう体験をして、そこから何を学ぶのかにより、死に方を選択しているのです。

ですから、上述のような出来事で亡くなった方は自らそれを選択して、その体験を知ることを魂レベルで理解しているのです。 

しかし、そうは言っても中々信じ難いことでしょう。

「私はそんな悲惨な体験は望んでいない」と思われる人は圧倒的に多いと思いますが、魂は案外自分の意思とは正反対の事を望んでいたりするものです。何故なら魂はこれまで沢山の経験をして来ているので、新しい事やこれまで体験したことがないものに興味を持っているからです。

今、目覚め切れていないあなたよりも広い視野を持ち、好奇心を持って受け入れる準備をして転生して来ているからこそですが、私達の多くはその記憶が消え、恐怖や善悪という二元性を植え付けられている事もあり、災害や病等に見舞われると「あの人は不幸な人」「あの人はかわいそう」と「不幸や不運」という言葉で決めつけてしまいます。

また自分自身がそうだった場合、魂がそれを望んでいた事など自分には記憶がないので、そのギャップにより衝撃を受け、現実を受け入れられず、ネガティブに陥ってしまうのです。

その体験が試練という事でもなく、ただインパクトのある体験により、自分がどのように感じ、何を思い、何を知り得るのか、その好奇心や冒険心が魂の旅を継続させています。ですので、明暗を分けるのは、全て自分の魂の望むことと言えます。

もし、「悲惨な死に方はしたくない!」「そういう体験を望まない!と思うのであれば、様々な恐怖を手放して、楽しい生き方を実践していくことをオススメします。

なぜなら、楽しく生きている人を宇宙は応援するからです。
逆に恐怖や心配事で頭がいっぱいな人は、その体験を引き寄せることになってしまいます。

『なぜあの人ばかりがいい思いをするのか』
そうやって妬んだり恨んだりすると、更に自分に良くないことがやって来ます。それは自分が宇宙に文句を言って、その文句のオーダーを宇宙が返してくるからです。 
自分に責任を持つというのはこういう事なんです。

運がいいとか、悪いとか、そういう事は宇宙には関係なく、自分が意図して転生して来たものだという事が分かれば、状況に振り回される事もなくなります。そしてブループリントは自分で変えられるのです。
全ては自分が望み意図することが、現実化し、今そのスピードは加速しています。

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マトリックス解除ライトワークのご報告

マトリックス解除ライトワークにご参加して下さった皆様、改めましてどうもありがとうございました。

こちらについてのご報告が遅くなってしまいましたが、ハワイ島の歴史と現地活動を先にお伝えした方が分かり易いと思い、そのようにさせて頂きました。一斉ワークでは、初日はプウコホラ・ヘイアウにて、残りをマウナケアで行い、個人的にはその他の聖所数か所にて行わせて頂きました。

その中で2回目の前夜に起きた事をお伝えいたします。

それはモオキニ・ヘイアウへ伺う前日、ラナイで準備ワークを行ったいた時の事です。目を閉じて意識を集中させていた時、ビジョンにエジプトや中近東など、当時の宇宙人と思われる存在達が現われ、この地に関わりがあると思われるそれらの存在達がコンタクトして来ました。

明日のヘイアウに関しての情報を持って来たようでした。解析しないうちに彼等は消え、その後真っ暗になり、遠くから赤やオレンジ色の明るい光が段々私の方へ段々近づいて来たのです。オレンジ色と赤色の炎のように燃える、長い髪の女性・・・。とてもパワフルで圧倒的なエネルギーに直ぐに女神ペレだと分かりました。ペレからはサポートを頂いていましたが、今回のように目の前まで来られるのは初めてでした。(のでちょっとビビった💦)ペレは持っていた松明を私に渡し、その火を使うように、と言葉では出していませんが、そうテレパシーで伝えて来ました。徐々に現実に戻されるように、周りが見え始め、音が聴こえてきました。目を開けると、部屋からパキンパキン高いラップ音が何度も鳴っているのです。

このラップ音は、霊障とかではなく、高次元の存在達からのサインで、明日伺うモオキニ・ヘイアウに一緒に行きたがっている存在やペレが現われた事で、同調している精霊達がいたりと、部屋の中が本当に騒々しかったです。
ただこれは一時だけで、案の定、そのラップ音はこの時以降、静かになりました。どのような方法が一番効率よくマトリックスを解除できるのか、そう考えていた時に、ペレが教えに来てくれました。

「この地に来たなら、ここのエネルギーを使いなさい。」と。
そして彼女は「火」を渡してくれました。
このハワイ島は地球の鼓動や呼吸を感じる不思議な島で「火」のエネルギーを司っています。
どんな状況も変えることが可能な、破壊的突破力を持ち、生命の誕生に関わるチャクラにも対応しています。
私は頂いた「火」を使って、マトリックス解除ライトワークを実践しました。

「火」は忽ちマトリックスに燃え移り、次々と格子状の黒いマトリックスを飲み込むように包んで行ったのです。そして参加者の皆様の光と溶け合い、やがてマトリックスは崩壊していきました。しかしその光景は汚く崩れるのではなく、美しく崩れ落ちて行きました。それは地球を愛する全ての存在の心を映し出しているようで、ロシアや北半球の太平洋などの一部のマトリックスが消えていったのを見ることが出来ました。勿論これはその瞬間に見えた時空の光景なので、完全な崩壊とまではいっていないと思いますが、実行したことで1つの前進として成果があったと思います。

実はこのハワイ島で皆様と地球に関するライトワークを行う事が私の夢の1つでもありました。参加していただいた皆様や、今回参加表明せずに参加された方もいらっしゃったようで、皆様の純粋な気持ちと情熱に心から感謝し、共に地球を守るワークが出来たことを大変嬉しく思っています。

こうしたライトワークを通して、多くの方が地球の本当の姿を知り、地球との繋がりを深め、地球とともに次元上昇してくださることを願っています。

マトリックス解除ワーク最終日の朝、キラウエアから燃えるような朝焼けが見え、やがて空が明るくなってくると、ハワイの女神が祝福の歌を歌って下さいました。 

その日はキラウエアで美しい夕焼けと満天に輝く星空に流れ星がいくつも見えました。
天から皆さんへの祝福だったのでしょう。どうもありがとうございました。2

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オヒアレフア物語

オヒアレフア

特にキラウエアには多く咲いている、オヒアレフアの花にまつわる悲恋の物語をご紹介します。

<オヒアレフア物語>
ある森に恋人同士のオヒアとレフアが住んでいました。ある日、オヒアが森を歩いている姿を、火山の女神ペレがハンサムなオヒアに一目惚れしてしまいます。

ペレは自分の恋人になれと迫りましたが、レフアに愛を誓ったオヒアはその申し出を断ってしまった為、怒ったペレはオヒアを樹に変えてしまいました。

オヒアを失ったレフアはその姿を求めて泣きながら森を彷徨います。オヒアがずっと泣いているため、森は毎日雨で太陽が照らず、他の住人たちも困ってしまいました。それを知ったペレはオヒアと一緒にさせる為、彼女を花に変えてしまいました。

又は、ペレではなく他の神々がレフアに同情がして花に変えたという伝承もあります。オヒアレフアの花を摘むと、雨が降るという言い伝えがあり、それは本当に現実になるそうです。

ハワイではよく花の首飾りの「レイ」に使われるオヒアレフアですが、フラの大会などがある際、この花をよく摘むそうで、必ず大会は雨が降ってしまうと、ガイドさんが言われていました。

ハワイにはどこにでもある花らしいですが、特にキラウエアにオヒアレフアが多いとの事です。

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ハワイ島(9)ワイピオ渓谷~アカカ滝~キラウエア

キラウエアにて

オプショナルの1日ツアーに参加しました。朝から夜遅くまで広範囲に回るツアーで、ガイドさんは過酷だなと思いましたが、時々みんなを笑わせてとても楽しいツアでした。

パーカー牧場

<パーカー牧場>
ワイメア地区の長閑な風景が果てしなく続く程広い牧場。ここは「世界一広い牧場とのことで、東京23区の1.5倍」だとか。

私はこの光景を見て、とても懐かしさを感じ、暫くすると小さなハワイアンの女の子が見えて来ました。

(過去生でやっぱり、いたんだな~。)
どうやら私の過去生の子供のようです。特に馬とは親しくしていたようです。所々、牛や馬が登場し、のんびりしたノスタルジックな雰囲気に癒されました。

1847年にカメハメハ王の側近だったジョン・パーマー・パーカーにより設立されたそうで、何キロ進んでも広大な牧場が続き、終わりが無いようにさえ感じました。
本当に懐かしく、いつまでも見ていたい光景でした。

ワイピオ渓谷

<ワイピオ渓谷>
微かにマウイ島が見えています。「王の谷」とも呼ばれ、カメハメハが幼少期に住んでいたと言われています。歴代の王様が埋葬されている神聖なる場所です。ここの谷に村があり、ほぼ自給自足で電気が通っていない所が今もあるそうです。 

太平洋戦争の頃に墜落した戦闘機が未だに山に突き刺さっている姿が残っているそうです。(ヘリコプターからでないと確認できないようです。)
時間が取れる機会に、是非谷へ降りてみたいと思いました。

アカカ滝

<アカカ滝>
澄んだ波動がとても素晴らしく、熱帯雨林(ジンジャーやピンク色のバナナ、傘になるような葉など)を見ながら遊歩道を歩いた先に現われた長い滝は、高さ135メートルのハワイ島で最大の滝、アカカ滝。

とても美しい景観で迫力!何体か龍もいましたね。
沢山の高次の存在達が訪れる人々を歓迎していて、長居したくなる、心地良い聖地です。
島では珍しいタカ(ノスリ)も見られました。ただ、滝の前まで行って直ぐUターンして帰ったので、とても勿体無かったです。アカカ滝から10分位歩くとカフナ滝へ行けるようです。個人で行くなら、じっくり歩き回りたい!!とてもオススメの場所です!!

島では珍しいタカ(ノスリ)も見られました。ただ、滝の前まで行って直ぐUターンして帰ったので、とても勿体無かったです。アカカ滝から10分位歩くとカフナ滝へ行けるようです。個人で行くなら、じっくり歩き回りたい!!とてもオススメの場所です!!

次はキラウエアへ向かいました。

スチームベント

<キラウエア>
やっと到着。滑らかな坂道で、車中でも山を登っていくような感じは全くありませんでした。ここも波動が高く、体の隅々まで喜びを感じる程、素晴らしい「気」に溢れていました。
所々、凄い蒸気が出ていました。アカカ滝と同じく、精霊達が多かったですね。

バックにマウナロア山
火口

女神ペレにご挨拶。愛と調和の祈りを捧げワークをさせていただきました。
記憶に新しい2018年の噴火で溶岩の流出は停止し、最近では火口に水が溜まって来ているそうです。(ここからではまだ見えません)

現在は火山活動は落ち着いた模様ですが、昨年の噴火で閉鎖された場所も多く、残念なことにサーストン・ラバチューブは天井が崩れ、もう行く事ができなくなったそうです。(修復も無いと言われています)

ちょうどネネ(ハワイガン)が2羽飛んで行く姿が見えました。
ここでネネを見たいと思っていたので、グッドタイミングだったにも関わらず、咄嗟の事で写真には収められませんでした💦
ネネはハワイ語でハワイ州の鳥になっていて、ヒルトンの庭にもいましたよ。

ガイドさん曰く「キラウエアは、普段は曇っている事が多く、マウナ・ロアや火口も滅多には見れない。今日は凄くラッキーですよ!」と言われていました。

そしてキラウエアでは珍しく美しい夕陽と星空まで見ることが出来ました。

女神ペレからのギフトだったと思います。
それは今回開催した「マトリックス解除ライトワーク」に関係していますが、そちらは次回説明いたします。

今回サポート頂いたペレや多くの高次元の存在達に感謝し、心から喜びを感じた1日となりました。

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ハワイ島(8)ポロル渓谷

カメハメハ一世

ポロル渓谷へ向かう途中、キングカメハメハ像がありました。
生憎逆光ですが・・・💦

英雄カメハメハを尊敬していたのが、後のカラカウア王。
カラカウアは、1879年にカメハメハを記念するブロンズ像を建てる為、アメリカ人の彫刻家トマス・グールドに依頼。トマスが作った彫像をもとに、ローマで鋳型が作られパリでブロンズ像が完成しました。

ところが出荷後、ブロンズ像を載せた船が南米フォークランド沖で遭難、像は海底深くに沈んでしまいます。

ローマに鋳型が残っていたため、それを元に再度ブロンズ像が作られ、完成した像はイオラニ宮殿の前に安置されました。

時が流れ1912年。
海に沈んだ最初の1体が出現したのです。
この最初の1体は、ハワイ島のカメハメハ生誕の地、カパアウに安置されることになりました。それがこの像です。

ハワイには3体あり、もう1体はハワイ島のヒロの町にあります。
(別の鋳型で作られたものだそうです)それは車窓からチラ見ししただけなので、あまり覚えていません(^^ゞ

ポロル渓谷

断崖絶壁の美しい景観です。
カメハメハは文武両道でハワイ島全島を統一しただけでなく、優れた外交手腕を持ち、イギリスやアメリカ合衆国などの西洋諸国との友好関係を維持してハワイの独立を守り、伝統的なその文化の保護と繁栄に貢献しました。

勇猛果敢で好奇心が強く、雪が積もるマウナケアの頂上にも登ったそうです。

ポロル渓谷 ここから下ります

1789年冬、アメリカからやって来たエレアノラ号とフェアー・アメリカン号がハワイ島を訪問した際、トラブルにより100人余りの島民の命を奪う事件が起こりました。

これに恨みを持った首長カメイアイモクは、フェアー・アメリカン号を1790年3月3日に襲撃し、乗組員のアイザック・デービスを除く全員を殺害。これを受けてエレアノラ号は乗組員ジョン・ヤングを調査に派遣したが、ヤングは捕縛されたため、やむをえずエレアノラ号はヤングを残して出航しました。

こうして、ハワイにデービスとヤングの二人が残され、カメイアイモクの振る舞いに激怒したカメハメハ1世は、すぐデービスとヤングを保護し、自分の軍事顧問として遇しました。そして彼等から武器の使い方や戦術を学んだのです。

カメハメハ1世自身、戦いで多くの人を殺していますが、外部の人間を受け入れ、他国の思想や文化を政策として取り入れるなど、まるで織田信長のようなところがあったようでした。

また、カメハメハ1世が作った「ママラホエ」と呼ばれる法律は、戦時における非戦闘員の人権を保護するものであり、今日では世界中で受け入れられている先駆的なものでした。(一部Wikipediaより抜粋)

<ママラホエ>
「すべての老人、女性、および子供が、路傍で安全に休息できるように」というこの法律。1797年にカメハメハ1世によって制定され、ハワイ州の憲法第9項の第10章にも明示されています。

当日は虹が至るところで現れ、10回位は見たでしょうか。

夕陽も美しく、素晴らしい人々と出会い、ハワイの文化に触れることができ、改めて感謝の祈りを捧げた一日でした。

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ハワイ島(7)閉ざされた最古の宮殿

モオキニ・ヘイアウ

<導かれたきっかけ>
春先から「ハワイでライトワークをした方がいい」 とハイアーセルフから言われていた事もあり、ハワイ島行きを決断。

ヘイアウを調べていた時、あるヘイアウの画像を見て強烈な波動を受け、急にある光景が目の前に広がりました。

それは、当時のハワイアンと思われる人が槍を持ち、何かを探すように辺りを見回している姿です。またそれとは全く異なる、中近東やエジプト系の民族が何故か次々とビジョンに現れました。

両手は痺れっぱなしでその凄まじいパワーに圧倒され、ここは他とは違う何かがあると察しました。

その名はモオキニ・ヘイアウ。

コハラ北部にありツアーには入っていない所で、しかもレンタカーはダートに入れない。また、このヘイアウは周りが策で囲われていて、進入禁止のようでした。

とても気になりましたが、諦めるしかないかな、そう思っていたのです。

ところが、ハワイへ行く1週間位前に姉の知人から連絡が来て、以前行ったことがあるという宮殿が、このヘイアウだった事が分かり、その時にお世話になったガイドさんに連絡をして、彼経由で鍵の管理者K氏とヘイアウのカフナ(神官)へお願いして日本出国当日ギリギリに了承をいただき、このヘイアウへ伺うことが決まりました。

ここは一般の人が入れないようになっていて、入るにはそれなりの理由がないと容易に入れてはもらえないそうで(観光目的では勿論NGです)現地の皆様との日程調整もつき、導かれるようにあっという間に当日を迎えました。

当日の朝、向かっている途中でマウイ島方面に虹が見えました。
ちょっと薄くて分かりにくいですが、海に出る虹は珍しいとの事。

幸先良く、私達はコハラ北部に向かうと美しいながら、段々人里離れたような少し寂しい景観が続き、神聖な場所の雰囲気が漂う場所へと近づいている事にワクワクして来ました。

ヘイアウへ向かうダートに沢山の野生のヤギがいて、彼等に出迎えられて到着。 

<モオキニヘイアウとは>
ハワイ語で、「モオ」は「家系」、「キニ」は「沢山の」、「モオキニ=長く続く家系」 の意味。

一歩入ると、ふわっと暖かい丸い球体のエネルギーが私の正面へやって来て、やがてハートの中へ入っていきました。受け入れて下さった事を感謝し、奥へ進みました。

480年にクアモオ・モオキニ(Kuamooイアウ(聖所)として建てられました。

建てたのはハワイへ最初に移住したサモア人ではなく、中近東のシルクロードから渡って来た人々だそうです。岩が沢山敷き詰められています。

塀の奥へと進み、祭壇の古いお花を回収し、新しい摘んだばかりのお花をK氏が用意して下さり、お供えをしてご挨拶しました。

そしてここで宇宙が開かれていく事を祈りながらワークをさせて頂きました。

青い海が直ぐ近くに見えて、景観の良い所です。冬にはクジラが見えるとか。

広いヘイアウで、北部だけあって風が強いです。
そして岩ひとつひとつがとても霊気を持っており、神聖で清らかな波動を感じました。

ふと、誰かの話声が聞こえてきました。
それは女性の声のようだったので、私達以外に他に誰か来ていたのかと、周りを探してみましたが、誰もいませんでした。

石に触ってみると、熱い日差しを受けているにも関わらず、清涼感があってとても心地良かったです。石が生きているようでした。

後でその事をK氏へ話すと、

「石に話しかけられる人もいる。」

モオキニ一族のカフナ:レイモミ・モオキニ・ラムさんはカメハメハ一族が消滅した後もこの地を守り続けています。

タヒチ島から移住が始まった1100~1300年頃、パアオという高僧がハワイ人に軍神クーを祭るように再建したと言われています。

そして、人身御供の習慣と、厳しい禁制をハワイへ導入したそうで、この石の上に焼いた人の肉を捧げたとか・・・

以前、生け贄用の人々を捕らえるための「ムーの館」という跡があり、人々は恐れていたそうです。

今でもハワイアンの人々は子供が悪いことをすると、「そんなことをしていると、ムーが捕まえに来るぞ」と叱るそうですが、秋田の「なまはげ」に似ていますね。

でも、そのなまはげも本当は恐ろしい話らしいです。
もしかして・・・ハワイと被っている??
想像するとぞっとしますね。

しかし、そういう過去の言い伝えがある割には、ドロドロした念や波動は全く感じませんでした。

それどころか予想に反して、とても清らかな波動を感じました。

敷き詰められた岩を見渡すと、細長く大きな白い蛇2体が砦を囲んでいるように見え、このヘイアウを守っているようでした。

また、トカゲのような存在も見えました。空を見上げていると、ハイアーセルフから「水の精霊が現われるよ。」と言われ・・・。

(もしかしたら、水が降りてくるかも)

そう思って空向けて写真を撮ってみたら、水飛沫が写っていました。このケースは過去に何度かあり、水に関わることは、このように写る事があります。

後で調べたところ、「モオ」とは一般的にトカゲのことを指し、真水を守る精霊でもあり、蛇やドラゴンなども、全ての爬虫類をモオと呼んでいるそうです。

ヘイアウを建てるには清められた聖なる石が必要ということで、18kmも離れたポロル渓谷の聖なる水で洗われた溶岩で、建てられました。

道に15000人から18000人、配置し、手から手へ石を渡したそうです。
(プウコホラ・ヘイアウもそうでしたね)

約183㎝だった石壁は、約9mの高さに増築されています。
一か所、細長い壁の凹みに大きな木彫りの像が立っているように見えました。

車中に戻った時に、K氏がティキ像の話しをしていましたが、あの時見えたものがそれなんだろうなと思いました。

モアキニから9km離れた所にあるマフコナ・ヘイアウは神ロノを、コハラ山地の中にあるククイパフ・ヘイアウは神カーネを祭っており、共にノースコハラ指定歴史建造物地区でモオキニ・ヘイアと三角形を形成する聖所になっています。

ワークを無事終えて、この地が予想以上に聖なる場所であると感じた為、個人的にはもっと多くの人にハワイの歴史を知っていただき、神秘的な宇宙のエネルギーに触れていただけるように、この世に開示していけたら良いなと思いました。

<カメハメハ大王生誕の地>
ヘイアウから近い西側にあります。
こちらもゲートは閉まっています。

中に入らせていただきました。

ここは二重の正方形の岩に囲まれた、思いのほか殺風景であっさりした状態でしたが、人々の生活感が伝わるような暖かい温度感のある波動を感じました。

<カメハメハがこの地を逃れた逸話>
母ケクイア ポイワがカメハメハを産んだ日に 空にハレー彗星がかかったと言われています。
この不吉な前兆を見た神官たちが「王を殺すもの」として当時のアラパイ王へ進言し、その日生まれたカメハメハを殺させようとします。
 
これを知った養父ナエオレがカメハメハをポロル渓谷へ連れていき、カメハメハは10歳までその辺で暮らし、後に嘆願して許しを得たそうです。

この後、運ばれた岩があった場所、そしてカメハメハが幼少期を送ったと言われるポロル渓谷へと向かいました。

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ハワイ島(6)オーラの洞窟

フリヘエパレス

<フリヘエパレス>
翌朝、カイルアコナの中心にあるフリヘエ宮殿へ行きました。
早朝なのに無料駐車場がほぼ満車近くでギリギリ滑り込み~。

見学できるようですが、当然ながらまだ門は締まっており、外から見ただけです。

1838年にハワイ王族の夏の離宮として建設され、カラカウア王とカピオラニ王妃時代に収集されたビクトリア朝の美術品が展示されているそうです。

毎月ここでコンサートやフラダンスが開催されています。

フリヘエパレス海側

道路を挟んだ反対側にハワイ最古のキリスト教会(1820年建築)があります。

モクアイカウア教会

暫く北へ歩くと、カイルア桟橋の向こう側にアフエナ・ヘイアウ(カメハメハ大王終の棲家)が見えて来ます。


中央の茅葺屋根風の建物が「アフエナ・ヘイアウ」

ハワイ島15世紀、リロア王の頃に建てられた神殿です。

<キングカメハメハ1世が尊敬したウミ王>
ワイピオの地からハワイ島全島を統括していたリロア王。
ヒロの旅で出会った女性アカヒクレアナとの間に産まれたのがウミ王でした。
 
ウミは成長してリロア王の元で暮らす様になりますが、正妻の長男であるハカウからいじめられ、一度は王室を去ります。
 
その後リロア王が亡くなってから、ハカウを打ち破り、ハワイ島を統一しました。
ウミ王は文武両道に優れ、マウイ島の王女を正妻に迎えて、ハワイ島は安寧しました。
晩年はカイルアコナに政治の中心を移し、余生を送ったそうです。
 
アフエナ・ヘイアウは、リロア王の頃よりハワイ四大神、農耕の神「ロノ」が祭られ、神聖な場所として人間の生け贄が祭壇に捧げられていました。
 
カメハメハ1世がハワイ諸島を統一し王国を築いた後、生まれ故郷であるハワイ島に戻り、カイルア・コナに住居を構え、1800年代にこのヘイアウを現在の位置に復元。
 
1819年、カメハメハ王がこの地でに亡くなってからは、カアフマヌ王妃の兄弟であったジョン・クワキニ氏の住居、ボートハウス、等、様々な目的で使用され、1978年にキング・カメハメハホテルの協力で2/3に縮小された現在のアフエナ・ヘイアウに復元されました。

<マウナラニ「天国に届く丘」>
古代ハワイ王国では保養地としてラバチューブが利用されてきました。
ラバチューブとは溶岩が流れた時に出来た空洞で、ハワイ島には複数存在します。特にこのマウナラニは、精霊が宿る聖地と言われ、地域全体は波動が高いようで多くのヒーラーも訪れています。

私的にはハワイ島全体がパワースポットで、今回南の一部には行きませんでしたが、どこへ行っても居心地が良い所が多く、滞在中は睡眠時間が4時間位が多かったですが、いつもなら眠くて仕方ないのに、翌朝にはバッチリ充電されている、という状態でしたね。

通称:オーラの洞窟

カラフイプアア・ヒストリック。パーク内にあるオーラの洞窟へ行ってみました。

ここで写真を撮るとオーラが写るとか写らないとかで一躍有名になり、すっかり観光地化した洞窟ですが、元々は王族が神聖な場所として使用していたと言われています。

ここでエネルギーワークを行っているふたコマ。

人の出入りが激しい割には、比較的整った気で精霊などの気配も感じました。
ここで思ったことは、こんなダサい恰好ではなく、もうちょっとまともな服を着てくれば良かったと・・・(;・∀・)

大概、真っ白の光で飛んだ写真になるようですが、カメラの種類や露出、角度を変えることで、写り方も変わるようですよ。
 
天井の空いた所から光が差すため、この時期ではお昼前後が良いようです。
この周辺には似たような洞窟がいくつかあります。人の顔のようなものが映し出されている岩もありました。

気になる場所は浄化などの必要なワークを行いました。

至る所に溶岩があります。

<フィッシュポンド>
いくつか池があり、フナのような鯉のような大きな魚が何匹かいました。

フィッシュポンドは王族に謙譲するための魚や神聖な儀式で使われる特別な魚を養殖していた場所です。

奥には青い海が見え、日差しが強かったものの長閑な風景でした。
ついでにヒルトンホテルへ寄って小休憩することに。


ヒルトン・ワイコロア・ ビレッジ

敷地面積が広く、移動用にボートやモノレールがあります。

ウミガメさんが寝ていましたね。
ハワイではウミガメは神聖な動物として扱われており、触ったり近づいたりすると罰金!になります。ということでこれはズームで撮っていますが、結構近づいている人は多いです。ハワイではビーチへ行けば案外見られるウミガメさんですが、触ったりせずそっと見守ってあげましょう。

プライベート・ビーチ

海と繋がっているところがあるので、魚やウミガメ、小さなエイも見られました。
宿泊しなくてもそれなりに楽しめます。

ドルフィン・クエスト

ホテル内の一角でイルカを飼育しており、イルカと触れ合えます。
(かなりなお高いですが)

こどものイルカちゃんがいて、一生懸命訓練を受けていましたが、初めて習得できたのか、トレーナーさんが大喜びで、めちゃくちゃイルカちゃんを褒めていた様子が微笑ましかったです。

トロリーバスを利用すれば、クイーンズマーケットプレイスにも行けるので、のんびり過ごすには良いホテルですね。

ホテルに戻って来る途中、どしゃぶりにあいましたが、夕焼けに反射した虹が見えました。


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ハワイ島(5)プウコホラ・ヘイアウ

プウコホラ・ヘイアウ

こちらはハワイ島北西部、カワイハエにあるハワイの中でも最大級の「プウコホラ・ヘイアウ」です。

ハワイ語で、プウは「丘」、コホラは「鯨」つまり「鯨の丘の神殿」という事で、実際にクジラが見られるそうです。現在は国立公園に指定されています。

要塞があったかのように、沢山の岩が敷早速ここでハワイの儀式に則りチャントを唱え、お伺いした後に浄化と光のワーク、マトリックス解除ワークを行いました。

どなたかがやはり儀式に来られているようで、お供え物が置いてありました。
地元の方や各国から多くのライトワーカーが訪れ、ワークを行っているようですが、
まだ閉ざされている感じが残ります。

プウコホラから眼下を見下ろしたら、長い城壁のようなものが見えました。
単なる城壁ではなさそうなので、こちらへ移動。

マキレニ・ヘイアウ

城壁のようですが、やはりヘイアウでした。

後でビジターセンターに寄ったところ、このマイレキニ・ヘイアウ跡は、戦いの神または農業の神に捧げられたヘイアウで、かつてはプウコホラ・ヘイアウとほぼ同じ規模だったそうです。

後にカメハメハによって砦として使われることになりました。

この先へ行くと小さなビーチが見えたので下まで降りて行きました。

入江が見えますが・・・

誰もいないひっそりとした小さなビーチです。
反対側に池があります・・・。

降りている途中で感じていましたが、両腕に鋭い何かで刺されるような、切り刻まれるような痛みが何度も襲って来ていました。どうやら予想通りのようです。

ここは良い波動では無かったので、周辺一帯を浄化と癒しのワークを行いました。

暗く寂しいビーチで、ここではあまり写真を撮らず・・・💦
この場所も後で分かったのですが、ビーチから海方面にかつてヘイアウがあり、海に沈んでしまったそうです。

下の地図の海に沈んでいるヘイアウ「E」が「ハレ・オ・カプニ・ヘイアウ」


海に沈んだ「ハレ・オ・カプニ・ヘイアウ」

海底の鮫の神のためのハレ・オ・カプニというヘイアウが建てられ、当時は人間を含む供物を鮫の神に捧げられており、その生け贄に鮫が群がる様子を王族が眺めていたそうで・・・💦
(腕の痛みはそれだったのか・・・(;”∀”))

ここでは泳ぎ回る鮫が見られる事もあるそうです。

ビジターセンターが一見、閉まっているように見えたので最初はスルーしていたのですが、後で戻った時に裏に回ると普通にOPENしていて、展示品が見れました。

<プウコホラ・ヘイアウについて>

カメハメハがここにヘイアウを建てたのはある予言者の言葉がきっかけでした。

「プウコホラの丘にヘイアウを建て、戦いの神クーを祭れば全島を統一できるだろう」

その神託を信じ、1790年から一年間かけて完成。

30キロ以上離れたポロル渓谷から聖なる水で清められた溶岩を、プウコホラの丘まで屈強な男たちが一列に並び、手渡しで岩を運んと言われています。

岩を運ぶ様子
軍神クー

<ハワイの四大神>
・クー/戦いの神、山や海の神
・カネ/万物の根源、生命の神
・ロノ/収穫、豊饒、平和の神
・カナロア/海の神、死者の世界の神

カメハメハ大王
<カメハメハ大王物語>
ハワイ島の半分は従兄弟でライバルのケオウアが支配していました。
 
ヘイアウ完成後、神に捧げる儀式で招かれたのが宿敵ケオウア。
 
そのケオウアは、到着直後にカメハメハの戦士に倒され、そのままヘイアウの生贄にされてしまったのです。

「プウコホラの丘にヘイアウを建て、戦いの神クーを祭れば全島を統一できるだろう」
 預言者の言葉通り、後に彼は勢力を拡大し全島統一を実現しました。

カメハメハについて、ハワイを統一した「王」という知識しかなかったのですが、神への信仰が厚く、「戦い、勝ち取り、征服する」という、凄まじい信念が、後にハワイの伝統 的文化を築き、繁栄するためにその時代必要だった、その星の下に生まれた存 在だったことを感じ取りました。
 

この後、クイーンズマーケットで夕食を勝って帰ったわけですが、ちょうど「アイアンマン世界選手権大会」の開催日で、ワイコロアではやっと規制が解放されていたのに、エアポート付近でまだ道路が封鎖されていて(夕方17:30頃だったかな)迂回して帰りました。

へとへとの1日でした~。

<アイアンマンとは>
日本(支笏湖)、韓国(クレ=求礼)、中国(柳州、曲靖、重慶)、台湾(澎湖島)、オーストラリア(ケアンズ)を含む世界各地で開かれるアイアンマン・トライアスロン大会(en:Ironman Triathlon)に参加して資格を得た者のみが、この世界大会へ参加できる。

この世界大会は1978年にアメリカ合衆国ハワイ州オアフ島ホノルルで始まり、1981年からはハワイ島カイルア・コナへ移動し、現在は毎年10月に行われている。
トライアスロンの水泳3.86kmはカイルア湾で、自転車走行180.25kmは「クイーン・カアフマヌ道路」(Queen Kaahumanu Highway)とハワイ州道270号線を通ってハヴィへの往復、マラソン42.195kmはケアウホウからケアホレ岬へ行き、アリイ通りへ戻ってフィニッシュする。 (Wikipediaより)

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ハワイ島(4)聖地ココナッツアイランド


ココナッツアイランド(モクオラ)

ハワイ島を地図で調べていた時にこの島を知りました。
東部のワイアケア半島から短い橋で繋がっている可愛らしい「ココナッツアイランドに行きたい!」と思ったのがレンタカーを借りるきっかけに。
(オプショナルツアーでは無さそうです)

このココナッツアイランドの由来ですが、「モアナと伝説の海」で登場する女神ヒナの息子「マウイ」による不思議な伝説があります。


<マウイの神話>
いつも人間達が島から島へカヌーを一生懸命漕いでいる姿を見た半神マウイは、なんとかしてあげたいと思い、島々をくっつける名案が浮かび、大きな魔法の釣り針(くだんの釣り針)にマウイ島を引っかけ、カヌーに乗った男たちにハワイ島まで引っ張ってくるよう命じました。

その際、「絶対に後ろ振り返ってはいけない、釣り針の魔法が解けてしまうから。」と伝えましたが、一人が振り返ってしまった為、魔法が解けハワイ島のすぐそこまで引き寄せられたマウイ島は、あっという間に元の場所に戻っていってしまいました。

その時、魔法の釣り針がかけられていたマウイ島の先端だけがヒロ湾に残りました。
それが、このココナッツアイランド(モクオラ)なのだそうです。
ココナッツアイランド上陸
<癒しの聖地>
ココナッツアイランドはかつてモクオラの名で知られ、ここには癒しを司るカフナ(神官)が、病人の為に儀式を執り行っていました。

島のすぐ先の岩の横に淡水が湧き出る所があり、その小さな岩を病人または付き添いの人間が一周。カフナは神に祈りを捧げると、病気が治ったと言われ、多くの人が訪れるようになりました。

古来、ハワイでは淡水と海水の混じるスポットに癒しのマナが宿ると信じられていました。
モクオラのヘイアウ

モクオラには、ヘイアウ(神殿)が設置され、やがて駆け込み寺のような逃れの地「プウホヌア」として罪人や敗戦兵などが、死を逃れるためにこの島に逃げ込んでくるようになりました。

プウホヌアとは、ハワイ各地に存在した聖域のことで罪人でも敗残兵でも、そこに逃げ込んでカフナの儀式を受ければ王族も手が出せず、命が助かるという特別な地域でした。

しかしこの伝統もハワイ王国2代目国王カメ尽くされてしまいました。
現在もハワイアンは人生の節目などにこのモクオラで身を清めると言われています。

<悲しい歴史>
私がここに来た時に期待に反して、気が重くなるような、苦しく不快な念を感じました。

随分浄化はされているようですが、それでも何か暗い影が映ります。海で亡くなった死者の霊のようですが、何かすがるような、後悔の念を感じたので、ここで浄化のワークをさせて頂きました。

運転中に一瞬見た「TSUNAMI」の看板の文字。
その光景がフラッシュバックのように蘇り水害の影響を受けたかもしれないと思いました。

数日後、ガイドさんより「このヒロの町は2回津波に遭い、町が流されている」という話しを聞き、どんなに時が経って癒しても癒し切れない人の想いや念は、それを手放さない限り残り続けるものだと改めて感じました。

<津波の被害>
1946年、アリューシャン列島で起こったM7.8の地震による津波では160人。
その日が4月1日エープリルフールだったということもあり、多くの人々は津波の知らせをまともに聞かなかったと言われています。

1960年M9.5のチリ大地震。
津波襲来まで時間はあると言われていたものの、予想をはるかにうわまわる早さで、過去の経験が生かしきれず60人以上が亡くなりました。

時速800キロ、高さは10.7m。
この地震はその後、数時間後には日本に到達し、三陸海岸沿岸においても多くの犠牲者を出しました。

<リリウオカラニ公園>


リリウオカラニ公園

ココナッツアイランドと橋で繋がっているリリウオカラニ公園。
もともとは王族のための養魚場であり、王の好んだアマアマ(ボラ)やウルア(アジ)などが養殖されていたほか、オパマ(魚の一種)が多数いたといわれています。

赤い橋や東屋があり、日本庭園のようで美しく長閑な公園です。

この土地を公園として提供したのはハワイ王国8代目最後のリリウオカラニ女王。
王座に着いて2年後の1893年、親米派の白人勢力によって王国が倒され退位されました。

リリウオカラニ女王はあの有名なハワイの詩「アロハ・オエ」を作られたそうです。
公園の名前はこのリリウオカラニ女王に由来。

日本庭園が造られた背景には、当時ヒロには多くの日系人がプランテーションなどの労働に従事しており、開拓に少なからず貢献していたという事情があったそうです。
完成したのは女王が逝去した後の1917年。<一部Wikipediaにて抜粋>

そろそろ車に戻ろうと振り返った時、ひと際見事なバニヤンツリーが目に留まりました。

バニヤン・ツリー

凄いパワーを感じます。


バニヤンツリーの前でワークをさせて頂いたら、ハートが暖かくなり、この地の長い歴史を刻んだ記憶を物語るように逞しいエネルギーを感じ取ることがで来ました。

体の隅々の細胞が喜んでしまう程、幸福感に満たされ暫くボーっと佇んでしまいました。バニヤンツリーに何度もお礼を言って名残惜しくお別れしました。

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