日光東照宮1(三猿:見ざる聞かざる言わざるとは)


<日光東照宮>
数年前振りの参拝です。
日光東照宮は、1617年(元和3年)に徳川家康公を東照大権現として祀るために創建された神社。

2025年12月31日。大晦日だけあって凄い人。二代将軍秀忠が天海僧正に命じて建立。
1636年三代将軍家光の時に「寛永の大造替」として大規模な改築を実施。


<五重塔>
この塔は「地・水・火・風・空」の五大要素を表しており、霊的な結界の役割を担っています。

神社に五重塔があるのは大変珍しく神仏習合の名残と言われていますが、三社だけだそうです。

<神社にある五重塔>
・羽黒山五重塔(山形県)出羽三山神社の境内.東北地方最古。
・厳島神社五重塔(広島県)室町時代日光東照宮五重塔(栃木県)
・日光東照宮五重塔(栃木県)日光東照宮の境内<上神庫(想像の象)>
豊かさを象徴している象さん。この彫刻は日本には象がいなかった為、江戸時代の絵師・狩野探幽が実物を見ずに伝聞だけで想像して下絵を描いた象です。
象を見ていない想像上の生き物であるため、「想像の象」と呼ばれているわけですね。
実際の象よりも耳が小さく、三日月型の目を持ち、体が毛深く、尻尾が3本に分かれているなどの独特であり、ユーモラスでファンタジーと評価されています。


この像たちが狩野氏の創造性の豊かさをみんなも持っているから創造してごらんと言っているようです。

さて反対側はあの有名な木彫刻が。
(この時は凄い人でしたが帰りがけに撮ったら人が殆どいませんでした)

猿さんのところが金色に光っています。

<神厩舎・三猿(しんきゅうしゃ・さんざる)>
お馴染みのお猿さん。「見ざる言わざる聞かざる」

左甚五郎作。
元は孔子の論語から来ているもの。
『論語』に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」
 礼にあらざれば視るなかれ、
 礼にあらざれば聴くなかれ、
 礼にあらざれば言うなかれ、
 礼にあらざればおこなうなかれ
という一節から、「不見・不聞・不言」の教えが8世紀頃、天台宗系の留学僧を経由して日本に伝わったという。

「人は、相手の欠点、過ちなどを見たり聞いたり言ったりしがちだが、それらはしないほうが良い」という教訓。
人は誰しも欠点や過ちはあるもの。今世、自分で学んで成長していくものとしてある。だから人のことを悪く言ったり陰口を言うものではない。それをすると自分に返って来ます。このお猿さんですが、庚申信仰の伝播とともに主尊の青面金剛を描く際、その足元に三猿が添えられた例が多いそうで、天台宗は比叡山の鎮護社の日吉大社も猿を神使とする山王信仰が、庚申信仰と習合したと言われています。

確かに日吉大社にお猿さんいましたね。
こちらを建立した天海僧正も天台宗の僧ですから、そうした教えが表現されたのも納得です。

インドのラーマーヤナ説話の主人公・ラーマの本体たるヴィシュヌ神の転化であり、三猿はラーマに仕えたハヌマーンの変形とも言われています。

三猿以外にも描かれいるのは全部で16匹。人間の一生を表しています。
「この姿を見て感じ取って欲しい」お猿さんたちの思いが伝わってきます。

そして以前は馬が祀られていたようで、神厩舎となっています。馬はお猿さん達が守っていたようです。

つづく。

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