赤塚諏訪神社


赤塚諏訪神社(東京都板橋区)

1457年~1460年に長野の諏訪大社を勧請して創建された神社。りっぱな随神門や夫婦イチョウが目が惹きます。

境内の横の駐車場には枝垂れ桜があり、道路を挟んだ向かいには竹林や梅林がある公園になっています。
その公園に来た時に、こちらの神社を知ったのでした。


拝殿

御祭神:建御名方命 

一昨日は、なんとなくこちらへ伺いたくなり・・・。ご挨拶に。
拝殿でお参りした際に何故か大黒様が出て来られ、(なぜ?)と思ったのですが、理由は直ぐに分かりました。


 大国神社・稲荷神社・薬師神社

右奥に小さなお社があったのです。以前伺った際は拝殿しかお参りしなかったので、こんなに奥まったところにちょこんと鎮座されていたのを初めて知りました。

大国神社の大黒様がここへ来るように呼んでおられたようです。光の柱を降ろすエネルギーワークを行わせていただきました。


 夫婦イチョウ 平成6年区登録文化財(天然記念物)

こちらのイチョウの木にそれぞれ私の「太陽のレイ」というエネルギーワークをプレゼントしてみたら、とても喜んでいただけたようで、お返しに手のひらがボッと温かくなるくらい熱いエネルギーを頂きました。

ちょっとびっくりしていたところで、今度は左手の雌株も同じようにやってみたら、こちらも全く同じように返して来てまたまたビックリ!

少し離れた場所にお互いが立っていても、同調するように同じエネルギーを感じ、同じ反応をしていたことに感動。素晴らしい夫婦イチョウです。

こちらの夫婦イチョウはとても優しいので伺った際は是非ナデナデしてあげてください 。

<夫婦イチョウの記載された内容>
右側の高い方が雄株で目通りが約500cm、左側の雌株は約420cm。

樹齢は不明。夫婦和合、子孫繁栄などの新興と結びついて人々の心のよりどころとなっている。手水舎の後ろに水神社がありますが、写真を撮ったのに誤って削除してしまいました。


秋葉神社(ご祭神:火産霊神) 参道の右手

小祠三社が並び、2つは記載なし。


御嶽神社(ご祭神:日本武尊)

そしてMAPでもう1つこの近くに神社があったことを確認していました。
そちらは浅間神社で、前夜に「猿」が瞑想中に出てきていました。

「猿」は浅間神社の神使いとされています。こちらにも伺うように言われていて、というか、今思えばこちらがメインだったようで。思わぬ展開が・・・。続く。


<歴史>
赤塚領主であった千葉介自胤が1457-1460年に信濃国の諏訪大社を勧請して武運長久を祈願したと伝えられる。1630年には十羅刹女を併せ祀り、十羅刹諏訪合社として称され、下赤塚村の鎮守社であったとされる。

明治初頭の神仏分離令により、十羅刹女の奉斎を廃し、1874年4月3日村社に定められる。2月13日に行われる「田遊び」が神事として執り行われ、旧正月に五穀豊穣と子孫繁栄を祈る「予祝」の祭りとして1976年徳丸北野神社とともに国の重要無形民俗文化財に指定された

名称   赤塚諏訪神社
御祭神  建御名方命
所在地  〒175-0085 東京都板橋区大門11−1
HP    無し
アクセス 最寄駅:都営地下鉄三田線 西高島平駅
     東武鉄道東上線 成増駅 東京メトロ有楽町線・副都心線 地下鉄成増駅

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赤塚諏訪神社 への2件のフィードバック

  1. ハゲピカイチ のコメント:

    こんにちは、ハゲピカイチです。2回目の書き込みします。
    前回は早速の御返事ありがとう御座います。駄文ですので、必ずしも御返事を求めませんが、霊能にヒットする所が有れば宜しくお願いします。
    富士塚は10年近く前に行ったのですが、荒れた神社特有の臭いがする程でした。どうやら廃仏毀釈が原因のようですね。(明治の廃仏毀釈、戦前の神社統廃合は、他でも問題をたまに聞きますが)
    私は能力も無いし、ビビリなので、深く関わらずに帰りましたが、近くの、人間の都合で隔絶されたコブケヤキも気になる所です。
    ネットで調べますと、かっては富士塚の近くまで参道と鳥居が有った様です。(ネットの戦後すぐの航空写真で参道は確認できます。)
    ①今回の件②境内に薬師神社③近くの大門観音堂との関係(宮司の墓ありと記載あり。)④明治三年まで旧別当真言宗常福寺(廃寺)(このお寺何処に有り、どうした
    のでしょう?)などから、仏教との深い関わりを思わせます。廃仏毀釈以前と以後で
    は、大部お姿が異っていたと考えられます。(例えば伊勢神宮や大宮氷川神社のように)、他にも廃仏毀釈の残した問題ありそうな?
    諏訪神社自体も謎の多い神社ですが(記紀神話の神様以外にも諸説有り。)、板橋区周辺では珍しく、随神門がある所は、古い神々様との関係を想起させます。(例えば
    大國魂神社や小野神社のように)(大門という地名も気になる所です。)
    古墳も近くに沢山有ったようです。①近くの富士塚→元は古墳説②赤塚の地名→古墳
    由来説③赤塚八丁目に(松月院あたり)かって大きな古墳があった。④近くの八幡神社(松月院大堂)辺りも元古墳説
    ちなみに、近くの松月院大堂は、昔かなり大きな寺院があったのを、戦国時代に上杉
    謙信が焼き討ちした歴史がある所で、行ってみるとやはり~~かな?
    神社の雨降りは、多くの場合、龍神様の感覚で降らすので、人間の感覚では、ありがたいのですが、困る時も時々有るような。
    光の柱云々とブログに有りますが、神社の神柱(大祓詞に明記有り)分かるのでしょうか?
                                       以上

    • pikari のコメント:

      ハゲピカイチさま

      こんばんは。コメントありがとうございます。
      廃仏運動は遥か時代を遡った頃からあったようで、赤塚はそこそこお寺の力も強かったように感じます。細かいご質問に関してはお答え出来ませんが、「廃仏毀釈」により日本には未だ封じられ放置された仏像やお堂など各地に多いと思われますし、日本人の魂の成長を後退させるきっかけの1つであったと、私は残念に思っています。
      現在は神社ブームでありますが(私自身も神社にはよく伺いますが)、これからの時代は釈迦意識にフォーカスし、「自分なりの悟りの道を開いて行くことが、自分にとっての最大の幸せに近づく最短の術」そのように天から伝わって来ています。

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